note

慶応通信文学部第2類/自営業/旅行と車の運転が大好きなひとの徒然

ボヘミアン・ラプソディを観てきた

 

友人とボヘミアン・ラプソディを観てきた。Queenは大好きなバンドの1つ。

ちょうどクライアントさんにもおすすめされたこともあり、友人と一緒に早い夕ごはんを食べた後でその話になった。

「じゃあ、行こうよ。ナイトショーだと安くなるんでしょ」「ああ、あの映画館だったら、木曜日に二人で行くともっと安くなるよ」「木曜日の夜ならちょうど行けるよ」「私も木曜日の夜は空いてる」「じゃあ行こうよ」「OK~」

 

 

個人的に映画館で映画を観るのが好きなので、将来は自宅にホームシアターが欲しい。

 

 

感想としては、

ボヘミアン・ラプソディは、なんの予備知識も入れずに、観てほしい」

 世間の意見とかキャッチコピーとか売り込み文句とかマーケティングとか全部なしにしてみてほしい映画だ。(ちょっとした批判が入るので追記にて理由を説明したい。)

 この映画は、頭を空っぽにしてから観てほしい。

 

Queenのファン、ロックや音楽が好きな人も、そんなに興味がない人にも。

 

 

 

 

最後に

やはり、映画館で観る映画に勝る映画はない。

(来年は行きつけの映画館で年始に発売している1万円分の映画チケット買おうかな)

 

 

 

 

 

 

 

ここからはちょっとネタバレを含む、映画マーケティングについて私の思うことをつらつらと書いていく。もしかしなくても的外れなことを言っているかもしれないが、その点はご指摘頂き、ぜひとも私の知識の改善改良にご協力頂きたく候。

 

 日本の映画業界は冷え込んでいるんだろうとは思う。現在はネットフリックスをはじめとした定額制の動画配信サービス、至る所に存在するレンタルショップ等の影響もあり、わざわざ映画館に足を運び、映画を観る人は少なくなっているだろう。子供を連れていけば十中八九買わねばならないであろうポップコーン&ソフトドリンク。自由を制限され、大画面・巨大スピーカーで映画を観る。拘束時間はおおよそ1時間半~2時間(その作品により変動する)。それらのサービスを受けるための費用は、一般的に1800円である。曜日による割引や、その映画館ごとの割引サービス、映画の日、レディースデイやメンズデイ、ペア割などをカスタマーは駆使するため、おそらく映画を観に行くときに支払うチケット代は約1000円だと思われる。これだって、旧作品をレンタルしようと思えば100円で済むこともあるし、時には50円、もしくはそれ以下または無料で借りられる場合もある。動画配信サービスを活用すれば、月額〇〇円で観ることもできる。そして、この月額料金のほうが映画を観に行くより安く済むこともあるのだ。

 それゆえ、わざわざ映画館に映画を観に行く人はいないだろうし、映画を観に行くとすれば、映画が大好きな人間だけであろう。そして、現在娯楽は映画だけではない。インターネットの普及によってあらゆる種類の動画を観ることが出来るし、ゲームもできる、家から一歩も出ずに生活することだって可能なこの世の中、わざわざ出かけていく意味がどこにあるのだろう。――確かにその通りである。

 

 しかし、私は前筆した通り、映画が大好きだ。映画館に住みたいと思ったこともあるし、父が映画館の支配人だったらどれだけいいだろうと感じたこともある。銀幕と呼ばれていた時代の映画も大好きだ。カタカタとなる映写機にも相当なロマンを感じた。(実を言うとこれはタイプライターやワープロ及びパソコンのキーボードにも同様のロマンを感じている)

 映画は映画館で観るのが一番だということは、おそらく映画好きの人間だったらおおよその人が同意してくれるであろう。あの大画面・スクリーン、巨大スピーカーだからこそ成しえる臨場感。あれを自宅で得ようと思うなら、それこそ膨大な費用が掛かる。だからこそ、映画館の存在に感謝し、映画館に行くたびに映画の良さをかみしめている。

 

 

 しかし、「映画は高い」という感覚の為に、本来の映画の良さが半減している場合もあると思うのだ。せっかくいい映画なのに…と思うことが何回かあった。何事にも言えることだが、作品を神聖化、アイドル化していく、もしくは出演俳優をごり押しするやり方に疑問を覚えている。

 

 

 今回の「ボヘミアン・ラプソディ」も、「フレディ・マーキュリーの苦悩の人生を描いた」と言っているテレビ局があったが、それは大きな間違いだ。「ボヘミアン・ラプソディ」は、フレディ・マーキュリーの一生を描いてはいない。もしフレディの一生を描いたのなら、タイトルは「フレディ・マーキュリー」もしくは「ボヘミアン・ラプソディを作った男」等であるはずだからだ。それに、仮に、たとえフレディ・マーキュリーの一生を描いたのだとすれば、Queen結成の所から描くのではなく、フレディが生まれた時からを描くだろうから、これはそうではない。

 ボヘミアン・ラプソディQueenの伝記映画だ。これは、作中でフレディが「俺はリード・ボーカルだ。リーダーじゃない」と言っていたことにも繋がる。もちろん、彼に多くフォーカスされているのは事実だが、それはきっとQueenが彼なしでは成り立たなかったし、Queenなしにフレディが成り立たないのと同様であったからだろう。

 作中のインタビューのシーンで、作品についてではなくフレディのセクシャリティや生活について記者がどんどん質問をぶつけていたとき、かなりフレディはイラついていたし、それをみたギターのブライアン・メイが作中で「作品についての質問を」と何回も言っている。これはきっと今のメディアにも言えることだと思う。今でさえ、セクシャリティについて公言したり、LGBTについて何のためらいもなく発信できる(時には注目を集めるために使わることもあるが)が、当時は相当なプレッシャーもあったろうと想像できる。

 

だからこそ、頭の中を空っぽにして、観てほしい、と思う。私のは失敗例だ。

ありとあらゆる情報が入ってしまった後であの映画を観ると物足りない。すごくいい映画だったので、実に残念な結果になってしまったがこれは私のミスだ。敢えて調べることはしなかったが興味があったのでテレビの特集等を観てしまったがために、映画の本当の価値を充分に味わうことができなかった。

 

 今回の「ボヘミアン・ラプソディ」だけではない。メディアが取り上げれば取り上げるほど、騒げば騒ぐほど、映画の本来の価値は下がってしまうように思う。己の問題だけなのかもしれないけれど…。テレビの延長線上に、映画があるような。私個人の考えとしては、映画とテレビは別物です。

 日本に限ったことじゃないのかもなあ。きっと日本の番組のように、俳優さんたちがいっぱい出てきて映画の告知とかもするんだろうし。それにしても、映画を観るときは、公開直後に見たり、あんまり騒がれてないけどいい映画もたくさんあるから自分の直感を信じて「コレ、観たい」と思ったものは早々に見ちゃうのが良いと思う。

 

 しかし、作中、フレディが「I dicede who I am」と言った言葉に胸を打たれた。比喩ではなく、実際に打たれたような感覚を味わった。「自分が何者かは自分が決める」だとか「俺が誰かは俺が決める」だとかそういう字幕がついていたとは思うが、ともかく自分のことは自分が決めるという台詞。今、迷いに迷って自分は何なのかほかの誰かにゆだねていた自分には刺さる言葉だった。映画を観たあとで手帖に書き込んだ。

 彼が病気を隠していたのは、「かわいそうな、HIVにかかったミュージシャン」になりたくなかったからだと。実際、その気持ちは理解できた。私も、辛いことほど隠すことが多い。周囲が求めているのはそれじゃないと知っているからだ。

 

 

 

 

 ここで、個人的にオススメな、映画5選。

 

 1.RUSH 

ラッシュ/プライドと友情 スペシャル・エディション [Blu-ray]

 

 2.チョコレートドーナツ

チョコレートドーナツ [Blu-ray]

 

3.ゼログラビティ

ゼロ・グラビティ [Blu-ray]

 

4.LIFE!

LIFE!/ライフ [AmazonDVDコレクション] [Blu-ray]

 

5.ノウイング

ノウイング [Blu-ray]

 

 

 

お粗末様でした。

ランキング参加してます!ポチポチお願いします(*'ω'*)
ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 大学生日記ブログ 通信大学生へ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自由人へ にほんブログ村 大学生日記ブログへ