君を愛してるっていう感情を、捨てられたらいいのにって思うけど、

君を愛することは僕の一部だから、君を愛することは一生のカルマだろうと思う。

君を愛し続けること。これが、僕が出来る最大の君への恩返しだ。

 

君を愛している。

愛の形が変われど、種類が変われど、君を愛していることに変わりはない。

 

君を愛しているよ。

いつでも帰っておいで。君の居場所は、ここにもあるから。

スマホが壊れた▼

 

友達と会った帰り、自転車を走らせていると、

ガタンッという音とともに自転車が大きく跳ねた。

その衝撃で、ポケットから出しかけていたiPhoneSEが手から滑り落ち、

アスファルトの上に落下した。

他に車や自転車、歩行者もいなかったものの、慌てて携帯を拾ってコートのポケットにしまう。

 

時間を確認しようとポケットからスマホを取り出したときに、気づいた。

 

液晶が割れている。

蜘蛛の巣のように、そして、だいたい電話の時は耳を当てる部分が破損している。

操作もできない。

 

「あっちゃあ、やっちゃった」ぽつりと一言。

そのままドコモショップに向かうも、営業時間は19:00迄。

私が携帯を壊したのが、19:15。間に合うわけもなかった。

 

 

 そして、本日、10時のオープンと共に知人が店長を務めるドコモショップへ向かった。「御用件は」と尋ねられ、壊れた携帯を取り出し「壊れちゃったので」と伝えると受付番号の書かれた紙を渡された。おおよそ40分ほど待っていただきますと言われたので、了承し、座り心地がお世辞にも良いとは言えない椅子に腰を掛けて読みかけの文庫本を開いた。

 結局、1時間以上待たされ、12時頃に来客の予定があったため店員さんにまた戻る予定で居ると伝えると「今伺おうと思っていました」と答えられる。

 さらには、「機種変更をするか否か」を問われ、「しない」と答えるとA4の紙を一枚もらった。「ここに電話してください」。店員さんはボールペンで街頭の電話番号を大きく丸で囲った。

私の心は壊れたスマートフォンのように壊れ始めていた。

『最初からそうしてくれ!』と言いたくなるのをグッとこらえた。

 「すみません、」と伝えると「いいえ」と答えられたことにも不快な思いをした。

私だったら、「かえって、申し訳ありません」と答える場面だ。だからと言って、彼女の接客の仕方に難があったかどうかは私では判断ができない。個人的に相性の悪い方に当たってしまっただけかもしれないし、彼女もそう思ったかもしれないから、私から一方的に判断を下すことはナンセンスだからだ。

 こういう言葉のあやでちょっと不快な思いをしたときは、相手の言葉を外国語に一旦変換してみると怒りを覚えずに済む。カッとならずに済むのだ。

 たとえば、私の「すみません」を「Thank you for you work」と英訳してみよう。すると、彼女の「いいえ」は「No worries」「That's fine」「No worries.It's my job」となるのだ。

 そして、私の「すみません」を「Sorry I bother you」と訳すと、彼女の「いいえ」は「Never mind」となる。そうすると、私が「すみません」と言ったことに対する彼女の「いいえ」は決して失礼な言葉ではなく、妥当な発言なのである。

 

 しかし入店時に、「御用件は」と聞くのであれば、その時に「破損の場合、機種変更をするかどうかで対応が変わります。機種変更はご希望ですか?」と訊いてくれれば、私の1時間の時間はおうちでぬくぬくと悠々自適に過ごせたのに。無駄だったとは思わないが、いかせんTVでdTVの宣伝のためにいろんな番組やドラマ、映画の冒頭の数十秒を流すだけ流して、BGMがほかにある店内では私の耳は忙しすぎて少し疲れてしまったのだ。こういうとき、自らの環境適応能力の低さに呆れてしまうのだ。

 そのうち、契約内容の変更や見直しのためにまた来店しようと思うが、今度は100%休みの時に行こうと思う。基本的に本を読んで過ごすのでそれほど時間がかかるのは苦ではない。

 

 

 

 なお、スマホはセンターに問い合わせ、明日の午前中に届く予定である。

 午後には連絡が取れるようになるだろう。私に連絡してくる人はいないと思うけれど、ラインとメッセンジャーではやりとりが出来るのが不幸中の幸いである。バックアップなんていうものを通常から取っていない為に連絡先は消えてしまうだろうが、リセットされていいかもしれない。その面では、破損したiPhoneには感謝している。

 今度からは、大切な連絡先は手帖に書いておかなければな…と思う。

 

 

 たまには、スマホなしの生活もいいだろう。もしかしたらいろんなことを見直すいいきっかけになってくれたのかもしれない。

いつもPCで記事を書いているから、ちょっと味気ないのよね。

今度から画像も載せないとちょっと堅苦しくなっちゃうものね。文字ばかりだと。

 

 

風邪をひいたのでお休みしてました、2日間くらい。

なかなか治まらないし、私がつらくなってきたので余っていた(←ぉぃ)、PL顆粒を摂取。

本当は明日、神奈川県に行かなければいけなかったんだけど、本社と掛け合って、予定をずらしてもらいました。ありがとうございます~~。

 

 

風邪でお風呂に入れなかったから、今日こそは入るぞ🛀

 

久しぶりに 夜更かしして お勉強した!✎*。

 

中学生ぶりかな〜

そのあと体調崩したので

勉強するのから離れたけど

ノート開いたら「〇〇について調べる」ってメモってたからやっといた。

 

テニミュドリライ3観ながらやったよ

キャスト全員若い〜

 

 

ご冗談を!

 

 基本的に珈琲は苦手だが、マクドナルドのプレミアムロースト珈琲のホットであれば大丈夫である。ドライブスルーで150円ないしクーポンで130円のホットコーヒーを買い、自宅に帰りつき、自宅の冷蔵庫の中にあるアーモンドミルクを注いで飲むのが好きだ。

 

 今日は誰とも関わりたくない日だったので、最低限の会話をして済ませようとしている。夕方に友人の誕生日会があるから、それに向けて準備をしなければならないが、今日、日が昇っているうちは基本的に気を遣いたくないのと言葉を発したくないのとで正直メールも返していない。

 今日はしたくないことはしない日と決めた。少しばかり周りに迷惑をかけるかもしれないが、半年に1回くらいは許して欲しい。

 

 ToDoListを毎晩、次の日のために作成するのだが、それも最近はできていない。ToDoListを作っても、計画通りに私が行動しないのが悪いのだが、それにしても「やらなきゃいけないことリスト」は同時に「やりたくないことリスト」にもなりえる。このままでは生活の質は落ちるし、仕事のクオリティは下がるし良いことないな、と感じたので「今日はやりたいことだけをする日。どうしてもやらなきゃいけないこと以外はしない」と決めたのだった。

 

 正直、最近は朝食さえ煩わしい。おなかがすいてくるのでお昼は食べるが、一日一食でも構わないではないかとさえ思う。もちろん、おなかがすいたり、必要だと思えば食べるけれど、無理して、朝食→昼食→夕食、なんていうステップを踏まなくてもいいのではないかなと感じたので最近は食べたいときに食べたいものを味わって食べるようにしている。そうしたら、変なストレスが1つ消えたような気がする。

 しかし今朝は、ツナメルトを作って食べた。久しぶりのがっつり系朝食。食べた時間が10時頃でほとんどブランチだったから、14:30になった今でもお腹はすかないし、自然と満たされている気分である。昨晩からツナメルトを作って食べようと決めていたからだ。

 

 毎日仕事をするのが美徳だと考えられているが、逆ではないかな、と思う。

 仕事が楽しくていたら、気づいたら毎日仕事をしていた。となる方が正しいと思う。もしくは「お金の為に働いていたら、いつの間にか休みなんてとっていなかったよ」。

「毎日仕事をしよう!結果休みがない!」とは、同じ現象だが、雲泥の差である。

 

 

 午前中はたっぷり時間をかけて、せっかく3週間ぶりの何もない日なのに連絡を寄越してきた同僚に向かって鏡の前で悪態をつきながら(風水上あまりよろしくなさそうだ)、メイクをした。――悪態をついている時は鏡を見なかったから、ギリギリセーフかもしれない。―― 着替えをして、メイクをして、髪の毛を整えて、本を読もうにも集中できなさそうだったので鞄に一通りの荷物を詰めて県立図書館へ向かった。昨日、調べた感じ、私が読みたい本は市立図書館にも県立図書館にもあったが、市立図書館のほうが貸し出し中だったので県立図書館へ行くことにしたのである。

 その前に母に「週末は来るのか」とメールを入れると「土曜日は午前中。日曜日は一日大丈夫」との返事が来たので、土曜日の午前中は少し仕事を一緒にして、日曜日はランチをしながら会おうと提案すると快く了承してくれた。

 県立図書館へ車を走らせている途中、ラジオを聴くと、いい感じの洋楽が流れてきたので「早く欧州へ越したい。せめて東京へ越したいな」と考えるようになっていた。個人的に名古屋が最近一番好きな場所なのだが、私が住むには少し人間関係があり過ぎるとも思った。仲の良い人が名古屋に5人ほど住んでいるのだが、それが面倒だなとも感じるのだ。東京であれば、さほど問題はないだろう。なので、日本の中で越すとしたら東京であるし、海外であれば、ニューヨークには4年は住みたいと考えている。

 丸一日、本当に何もない日が欲しいと感じていた。ただフラッと散歩に出かけたり、いい天気だなと思いながら布団を干したりする、そんな何もない日。

 自営業をしているからこそ、必要なのかもしれない。休みをもらうのではなく、自分で作らなければいけないから。やるべきことが多くある中で、どれをどうするかのスケジュール管理や自分と向き合う時間ももちろん必要だからだ。

 

 図書館につくと、探していた本を手に入れるために伝票を印刷する。そして、カウンターに居るスタッフに渡した。すると「この本は書庫にあるので、持ってきますから、カードを準備してお待ちください」とのことだった。彼の仕事をありがたく思いながら利用カードを財布から出して待っていると彼がやってきた。その本は「ご冗談でしょう、ファインマンさん!」というノーベル物理学賞受賞者の自伝で、たまたまSNSを眺めていた時に見つけた作品だった。「自分は自分が思うほど頭がよくなかった」というようなフレーズが気になり、少し調べてみて、この本を読んでみようと思ったのだった。

 本を受け取ると、この前県立図書館へ来た時に気になっていた本を数冊取り出し、閲覧席へ座った。20分ほどそこで、新書を斜め読みしたり、パラパラと参考文献を眺めたりして、自分が今度手に入れるべき本を吟味していた。そして、やはり自分は医学を志したいこと、科学に恋をしていることを再確認した。自分には、これは「好き」なのではなく、「必要なのだ」と確信した。

 ノートにメモと思いのたけを書き、閲覧席を立った。

 帰り、駐車場へ向かう途中、県立図書館にあるウォルナットの木のまわりにどんぐりが落ちていた。どんぐりは好きだ。ナッツが好きなので、どんぐりももちろん好きだが、落ちているどんぐりは、なぜだかわからないがとても魅力を感じる。前世は鳥か何だったかなのだろうか。だとしたら、私がトナカイ好きなのは、前世が鳥で、疲れた時にそのトナカイのツノにお邪魔していたのだろうか。

 

 さて、図書館から帰ってくる途中、お店の家具を買おうと考えて東京インテリアに寄った。東京インテリアの中にあるモアカフェというカフェで「ヘーゼルナッツラテ」をオーダーする。400円のぜいたくである。ラテを堪能したのち、買おうと考えていたラックのそばに来て、「本当にこれでいいのだろうか」と感じ、いったん自宅へ帰ることにした。「これじゃないとダメだ」と確信するまで、あまり購入に至らないのが私のいいところでもあり、おそらく悪いところでもある。――帰ってくる途中で、マクドナルドでドライブスルーを使い、コーヒーのMサイズを購入した。同時にSサイズも買えばよかったかと思ったが、家に帰ってきて、アーモンドミルクをコーヒーに注ぎ、飲み終えた後で少し頭痛がしたから、「あ、これは、コーヒーの吞み過ぎだ」と直感した。

 

 

Don't Let me go

 

市立図書館から、

「君が読みたいって言ってた本、届いてるよ」

と、メールが来た。

 便利な世の中になったなあ。だけど、ちょっとした手間も愛しいと思うよ。

 

今日取りに行く予定だったのだが、思わぬハプニング――と、言っても私の責任――が起きて、行けなかった。仕事を終わらせて、帰宅したのだが、今週末の試験に向けて勉強中だ。

 

正直勉強は嫌いではないけれど、いかせん、久しぶりなので、少々緊張している。

なにより、勉強を全くしていないのだ。今慌てて勉強している。

 

 

 

そうえば、大学からスクーリングの成績が届いた。

『S』の意味が理解できなくて、大学の成績について調べた。

もしかしたら学生ガイドに載っていたのかもしれないが、ちゃんと把握できていない。

S…ショボい?、と父にいったら、「Aの上のことじゃない?」と言われたので、

「すんばらしいってことかな」と言ったら、父は笑った。

 

 

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仕事で精神的に疲れ果ててしまっていて、

今日やっと素直に「私は疲れ果てました」と言えたのだ。

もう辞めたい、と思ってしまった。会社のことは好きだ。商品群もサービスも何の不満もない。むしろ満足だし、さらに上を目指したいと思う。

ただ、自分の部署につかれた。仕事は好きだ。実にやりがいを感じるし、全国に好きな先生も居る。

だけど、同じ部署の人間につかれた。非常に疲れ果てたのだ、と。

嫌いなわけじゃないのかもしれないけど、それでも、疲れたのだ。付き合い方とか、距離の置き方とか、空気の読み方とか発言の仕方とか内容とか。全部考えなきゃいけない。ただでさえ考えているのに、更に考えなければいけないのだから。

私がやりたいことができないのだ。どこでもそうかもしれないけれど。

幸い、私に上司や直属はひとりだけではないので、(紙面では1人ずつだが)

他の先輩が「和さんってすごいよね」とか「和さん、うちに欲しいなあ」とか、言ってくれるのは素直にうれしい。本心だろうが建て前だろうが。

「どうなの、最近。」と声をかけてくれる尊敬すべき先輩。

「元気?」とメールをくれる、先輩。「がんばれ」と言ってくれる先輩。

「和先生が、好きなんです。憧れです」って言ってくれる、後輩。

ありがたいなあ、と思う。

「これ、のどちゃんに。のどちゃんだけにだよ」とお土産をくれる先輩。

ぜんぶ、ぜんぶ、ありがたい。私なんてとは言わないが、優しくしてくれてありがとう、親切にしてくれて、大事にしてくれてありがとう、と思う。

 

甘え方がドヘタで、面倒見のいい同期兼先輩に「ねえ、ここ、痛い」っていうところとかも、受け入れてくれたり。「やっぱり、やんなきゃよかったかな」と弱音を吐いても受け止めてくれること。「おいで」っていってくれるとこ。ぜんぶ、ぜんぶ。感謝です。ありがとう。

 

辞めたいって泣いちゃいたいけど、困らせたくなくて、明るく振る舞ってるんだ。

もしかして、わかっちゃってるのかな。つらいんだって。

 

地元・福島が嫌とは言わない。良い人はたくさんいる。素敵なビジネスマン、自営業者もたくさん居る。勉強になる。自営業じゃなきゃ、こんなに広がらなかったと思う。この仕事をしていてよかったと思うことのほうが多い。

だけど、結局私を救ってくれるのはクライアントさんであり友人でしかないのだ。仕事の上司や部下ではないのだ。仕事の中で、上司や部下、同期、代理店と取引先、という関係を越えて、友情を育みたい、親しい関係、信頼関係を育て上げたいと思うのだ。

 

だけど、とりあえず、自分の直属とは無理だとはわかっている。

今更友情を築けるほどの間柄ではなくなってしまっているから。

 

 

 

私は基本的に人を嫌わない。

どんな相手であろうと親切心と思いやりを持って接しようと努める。紳士的且つ淑女的に。

好きな相手や友人に対しては、それにプラスして、愛情とスキンシップが加わる。

 

それだけなのだ。

ニコニコして親しくしているから、君を好いているとは勘違いしないでほしい。

 

表でニコニコ笑っているけれど、裏で君らをボコボコにしているんだよ。

あなたのこと心から大事に思っていますよって顔しているけど、本当は今にもその喉元に噛みついてしまいたいと思っているんだよ。平気な顔をしているけれど、毎回ちゃんと傷ついているんだよ。君に出世してほしいんだって顔しているけど、本当は奈落の底に落ちてしまえと思っているんだ。あなたに向上心を持ってほしいと言っているけど、本当はもっとちゃんとやってくれと思っているんだ。君たちの幸せを願うよと言っているけれど、本当は君らなんてどうでもいいから私の前から姿を消してくれと思っているんだよ。いつもお世話になっているからと世話を焼くけど、本当は呪いたいくらいなんだよ。

表に出せるわけないだろう、こんな、みすぼらしいジブンをさ。結局は嫉妬が根底にあるんだろうなと思っている。自分はその程度で満足できる君らがうらやましい。その程度で愛を語れる君らをうらやましがっている。その程度のくせにある程度出世しちゃってる君がうらやましいと思っている。向上心を持たないくせに周りから支えられているあなたをうらやましいと思っている。ちゃんとやらないくせに偉そうな顔が出来るあなたをうらやましいと思っている。出会うべき人に出逢って幸せそうな君らに嫉妬している。いつも世話をしているとニコニコしていい子ぶらなきゃいけない自分にいらついている。

 

音楽がなけりゃ、英語がなけりゃ、素敵な友人がいなけりゃ、私の人生は音もたてずにすべてが消え去ってしまうんだ。

 

 

ブックカバーを探す旅

 

ブックカバー。

英語圏ではほとんど使われていない、日本独自の文化。らしい。

今はスマホで読める時代、それでも紙の本は紙の本のすばらしさがある。

私は出かけるときの持ち物リストに文庫本を入れている。

入れていて読まない時もあるのだけど、入れていなくて待つ時間があったりもするから、基本的に本は1冊は持ち歩くようにしているし、仕事の出張であっても、本と大学の教科書は持って歩く。

その時、重宝するのがブックカバーだ。

 

 

ブックカバーを始めて買ったのは、私が東京に出た時。

電車通学になったので、その間本を読みたいと思ったのだが、

東京は人が多いし、

自分が何を読んでいるか悟られたくないと自意識過剰なことを思った。

地元では本を読むと言ったらもっぱら自宅であったし、

当時、中古本がなかなか嫌だったので、当時は新品の本しか買わなかった。むしろ今より読書量はずいぶん少なかった。

 

 

その時のブックカバーがずいぶんとぼろぼろになってきているので、

ブックカバーを新調しようと考えているのだ。

 

しかし、なかなか気に入るブックカバーに出会うことって、ないなぁ。

私のこだわりが強いせいだとは思うのだけれど、

「これ!」というイメージもないのでインターネットショッピング出来るわけでもない。

 

 

うーむ。ちょっと困ったぞ。

とりあえずは、いいな、と思った柄を紙に印刷して、使おうかな。

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