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慶応通信文学部第2類/自営業/旅行と車の運転が大好きなひとの徒然

Why? You're cute.

 

友人から言われた言葉。

「How about your dating life?最近どうなの?」と聞かれたので、

「I don't date with anyone. I havn't got boyfriend.恋愛は全くご無沙汰よ」と言ったら

「Why? You're cute.どうして、君可愛いのに」とさ。

 

ドイツに行ったときは3回プロポーズされた。ほぼひも宣言だったけど、

何回も「あなた綺麗ね」って言ってもらえた。外国だから、見る目が違うんだろう。

私は決してきれいじゃない。

 

「君の運命の人は僕だよ」と2回言われたこともある。

だけど、そんな言葉のすべては僕には届かなかったんだ。

「悪い冗談だろう」って笑ったんだ。

 

どんな証拠があって?どんな根拠があって?

そんなことが言えるんだ。君の言葉は信じられない。

その発言の根拠を示すために、それに基づくデータを示してくれ、と言いたくなる。

心拍数がどれだけ上昇しているか、安静時と比べてどれだけの振れ幅あるのか。

ホルモンの値は?

——それは一時的なホルモンの異常分泌だから、勘違いしないほうがいい。

君は寂しいだけだ、君は手軽な人がいいだけだ、君はー。

 

 

なるほど、ぼくは、基本的に誰のことも信用していないんだ。

 

ろくでもない大人と幼少期を過ごしたということもあるだろうけど、

やっぱり、少しは信頼できる人と一緒に居たかったよ。

 

大人ニキビって、吹き出物っていうんですってね。

左ほほのニキビ3つ治らないです。顎にもできました。

 

ドイツ・ルーマニア旅行記を書き終える前に、

ニューヨークへの航空券を買ってしまいました、私です。

 

後悔しない26歳にしたいと思ったの。

1つの後悔も残したくないって思ったの。

27歳は今までのが比じゃないくらい仕事がしたいから。

28歳の夏には、ロンドンに行きたいから。

 

IELTSの試験も受けるよ。

自分で転がしてる人生だけど、どうなっていくんだろうねえ…

やったようにしかなりませんよね。

かぼちゃをどうしようか?

 

大好きなかぼちゃでも、

まるまる1個を食べ尽くすのは

容易いことではない。

 

このままでは

ダメにしてしまいそうだから、

なんとかみんなが喜んで食べる方法を考えた。

①スイーツにする

②おかずにする

 

弟と父親にアンケートをとることにした。私以外では、食べるのはこの二人だけだからだ。

「パンプキンパイにしようか、プリンにしようか。カレーかシチューに入れようか?」と、尋ねたら、二人とも「プリン」と即答だったので、朝食がてらかぼちゃの裏ごしをした。

 

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かぼちゃのペーストに卵黄とはちみつ、メープルシロップ、バニラエッセンス、で甘味をつけて混ぜる。

鍋であたためた牛乳に、上記を少しずつ投入。綺麗に混ぜたところで、小さな土鍋へ。

※プリン型も、おしゃれな耐熱ボウルもなかったのだ。

 

そして、オーブンで焼く。

レシピサイトでは、160℃のオーブンで30分。

小さい土鍋だったので、160℃×60分に設定。

様子を見ながら 焼こう。

 

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プリンには使わない卵白をメレンゲに。

プリンを焼き終わったら、今度はメレンゲを焼く。ふわふわサクサクのおやつ。

卵白に加えたのは てんさい糖🎋

 

 

さて、

洗濯機が毛布を洗い終わってくれたようだ。

まだまだすることが多い朝、

だけど すごく心地がいい。

morning...

 

おはようございます。朝ですね。

 

今朝、夢の中からこちらの世界に飛び込んでくる夢を観て、目を覚ました。

落ちるか、ワープするような、そのような感覚を覚えて、

「あ、まずい。寝坊したかな…」と思って目を覚ましたら、

私のiPhoneSEは、セットしたアラームから15分後の時刻を示していた。

ウォークマンからは最近設定した「wake me up when you go go」が流れていた。

 

6:30a.m.に、弟と朝食をとる約束をしていたので体を起こす。

私の場合はベッドの上で、くるりと体を右回転させてから起き上がると気分がいいのだ。

さて、弟は起きているかと確認すると姿が見えなかったので、

いつものごとくスマートフォンで朝のためにというタイトルのクラシック音楽を流しながら

「ぼっちゃま、朝でございますよ。ぼっちゃま。お目覚めになられてくださいな。朝食に致しましょう」と声をかけた。

普段名前を呼んでも起きない弟には、

クラシック音楽と共に朝の冷気、そして執事言葉が一番心地よく目覚めるようだ。

くすくす笑いながら起きる弟が、着替える、という頃には私は弟の部屋を出ている。

朝は楽しく迎えるべきなのだ。

 

オムレツを作るために、たまごを4つ割る。

牛乳と、バター、ミルつきのビンに入ったブラックペッパー、とろけるチーズ。

ちょうどよく混ぜて、フライパンにバターを乗せる。とろけたころ合いを見計らって、オムレツのもとを注ぎこむ。紅茶を入れるのも忘れない。

 

出来たオムレツを半分に分けて、それぞれのおさらに盛った。

弟にはご飯を添えて、私は昨夜から仕込んでおいたふかしたサツマイモを3切れ。

 

美味しい朝食を食べながら、朝必ず見るEテレの番組を眺める。

「おいしい」と言いながら食べる朝食ほど幸せなものはない。

私は1日の食事の中で、もっとも朝食が好きだ。

 

 

そして今、仕事までの時間を本を読み、テスト勉強をしながら過ごしている。

 

自分自身とはなにか

 

少し考えることがあったので、つらつら書き残していきたいと思う。

 

さて、

「自分自身とはなにか」。

 

よく、「あなたはあなたで」や「あなたのままで」などなど

自分自身である、ということは、まるで生きやすさのヒントだったり、

自由できままである、というような印象を受けるが、その通りなのだろうか?

 

 

我々には承認欲求というものがあり、自分であることを認めてもらいたいと思っているのだろうと思うのは、最近のSNS事情をみれば、わかることだろうと思う。

身近な人に埋めてもらえない承認欲求を埋めるのに非常に役に立つところもあるが、時としてそれは凶器にもなりえる。

 

 

そこで、「自分自身とはなにか」を考えるのに至ったが、

私自身、10代から20代前半までいろいろと悩み、フラフラし、芯のない状態であった。

だいたい12歳から25歳まで経験したことすべてをひっくるめて、

「あの頃は迷走していたな…」と考えている。攻撃的だったし、皮肉家だったので、随分と嫌われたと思う。あの時の自分に今、会ったら「君は少し世界を観たほうがいい」と思うし、「目を開けて、世の中を観ろ。君が見ている世界は、君が思い込んでいる世界だ」と断言できる。「きみは酷く差別主義者だね。随分と傷ついたんだろう」と同情さえする。今でさえ、そう醒めた自分を冷めた目で見ているというのに。

 

 

自分自身とは、どこまで行っても自分自身であり、逃れられない定めと肉体である。魂もしかり、考え方、脳みそも一緒に行動するものだから、「自分探し」なんていうのはもしかしたら言葉の使い方が間違えているのかもしれない。

私は「人生とは自分自身に還る旅」だと考え出したのだが、それは、自分のやりたいこと、長年飽きずに続けられていることーそれが惰性や慣性だとしてもーをし続けていることで自分自身になっていくのではないか?と考えているのである。まだ考えが固まっていないので支離滅裂に感じたら申し訳ない。

自分を探す、のは、自分自身をどこに見出すか?であり、決して自分探しが無駄だと思っているわけではない。私自身旅行が好きだし、ときに自分を見失ったときは欧州へ飛ぶときもある。それは、「欧州」に「自分自身」を見出しているからである。

「自分」というパズルのピースのひとつに「欧州」がある、というだけである。

自分というパズルのピースは、大きさも違えば形も千差万別であり、場合によってはそのピースが大きくなったり小さくなったりする。

直感として「そこに答えがある」と知っているのだと思う。だから、「答えはいつも自分の中にある」のである。

 

日本という場所から離れることによって、

不自由な言葉を何とか操っていろいろとチャレンジしてみると、

自分の本能に近いところの欲求があらわになるのだろうと思う。

だからこそ、私は母国語である日本語圏で生活するより、

ちょっとくらい不自由する欧米諸国を選びたいのかもしれない。

 

自分自身というのは、どこまでも切り離せない存在であり、

時に癒しにも原動力にもなるが、時として失望や絶望の対象にもなる。

自分自身を作り上げていくのが人生であると考えているが、

自分自身はどこまでも行っても自分自身であり、出会うものすべてから成る。

出会いに行くもの、出会いに来るもの。すべてから。

 

 

しかし、「自分が語りたい自分」と「他人が私に見たい私」はよく相違する。

私は自分の考えや、想いを聴いてほしいのだが、他人は、それを求めていないなんて言うことはざらである。

一度フェイスブックで実験を行ったことがあったが、私が考え方や思いをシェアしたところで誰も喜ばなかったのは、フェイスブックの使い方を間違えていたからかもしれないけれど、仕事関係の投稿には仕事仲間はいいね!するし、友達は旅行やイベントの投稿に好んでいいね!をした。

いちばんいいねが多いのは、なぜか料理の写真と、それに対するコメントの記事。

思えば、あんまり難しい事を読みたくないのかもしれないよね。もっとフランクに、明るい事だけをシェアしよう。

 

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はじめ、私は自分が欧米に行きたいのは、親に対する反抗心だと思っていた。

親から「絶対外国なんて行かせない」って言われてたから、

「はあ!?なんであたしの人生あんたに決められなきゃいけないの!!」と思ってた。

だから親から「行っていいよ」と言われたとき、うれしさと共に戸惑いもした。

そこからまたしばらく悩み、

「自分は、そうしたかったんだ」と気づくまでに時間を要した。

いろんな理由があれど、幸せを感じるならいいじゃないか。

そこに居たいなら、いればいい。人生は、そんなに長くないのだから。

いそがしさのなかにも、
旅の心を忘れてはならぬと
本を借りてきた。
 
市立図書館をはじめとした私の近くにいる市職員及びそれに準ずる仕事をされている人々は、「この人は、若いのに、ずいぶんと本を読むなあ」と思われていることに違いない。
この前なんて予約してた本を借りるために最寄りの学習センターへ行き、貸し出しカードを出す前に「ええと、〇〇さんの御予約していた本はですね~」と探しに行かれた。あちゃあ、覚えられた。と思ったけれど、私と同じくらいの背丈の青年は喜んで本の束を差し出してくれた。
 
「私は洋書専門」と思っていた理由が、今日判明した。
「母国語である日本語と努力せねば身につかないほかの外国語を知っている人の描く日本語は、日本語だけを使う人に比べて、深くて美しい」ことに気づいたのだ。
米原万里」さん、と、「中村和恵」さんのおかげだ。
 
 
海外経験のある人の文章の、日本語に、宝石がちりばめられたような表現の仕方は、
おそらく、日本語のみならず英語やドイツ語、ロシア語、スペイン語などさまざまな言語を学ぶにつれて、「日本語」という言葉にほかの国のエッセンスが加わることによって、さらに日本語が美しくなるのだと思った。
 
日本語を知りたければ、外国語を学ぶべき。という考えには、賛成である。

おひさしぶりです

 

おひさしぶりです!

ご無沙汰しております。

さてさて、

ヨーロッパ旅行記がいまだに書き終わっておりませんが、

(もう半年以上も前の話…( ゚Д゚)…)

ご挨拶に参りました。

 

 

慶應の夏スクに参加してきました!

その話は、ヨーロッパ旅行記が書き終わりましたら引き続き書きます。

(年内の書き終わるのだろうか…)

 

もともと過疎っているブログなので誰も見ていないとは思いますが、

自分の中の区切りとして書いていきますネ。

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